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価格:¥ 1,365 ブランド:新潮社 発売日:1986-02 通常2~4週間以内に発送 大きい画像を表示 |
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著者はロシア文学翻訳家として知られており、著者の訳でドストエフスキー他、ロシア文学に接した方も多いだろう。私の頃は米川正夫氏だった。その著者が「罪と罰」に仕掛けられた謎を究明するという探求本。その後、「謎とき「カラマーゾフの兄弟」」も上梓している。
正直、一つの作品をここまで深読みできるとは思わなかった。ドストエフスキーの脳の構造が常人離れしており、作品に刻まれた圧倒的な心理描写、行動原理については少しは理解しているつもりだったが、ここまでとはね。著者は作品のテキストを読み込む事によって謎を少しづつ解明して行く。ラスコーリニコフの名前がアンチ・キリストに由来しているくらいなら、まあ少しの研究で分かるかもしれないし、読者が無意識に想定している事と合致する。それよりも被害者の家の敷居を「またぐ」という一般的単語が、「一般社会の倫理の境界を踏み越えて罪の世界に入り込む」という意味の単語から派生している点の指摘などは鋭いと思う。こうした指摘が随所にあり、文学を読む際、原語を理解する重要性を感じさせる。だからと言って、これからロシア語をマスターするのは困難なのだが...。そして、これは単に原語を理解するだけではなく、文学的な理解力も必要とされる作業なのだが。また、「聖なる娼婦」ソーニャは早い段階でラスコーリニコフと(娼婦として)肉体的関係を持ったのだが、作品の構想が大きく、また崇高になるに連れ、精神面だけが強調されているという指摘も、なるほどと思った。
通俗小説として読んでも面白く、原罪を背負った人々の魂の救済を描いたキリスト教的背景を持った小説として読んでも面白い「罪と罰」。そのような多重構造を持った小説を平易に解説してくれる貴重な道案内の学究本。
著者自身が、「主人公への感情移入を過度に重視する従来の小説理解への反撥があった」(12章)と言っているとおり、
『罪と罰』を、心理とか哲学とかの観点からよりも、ロシア語やロシア文化、キリスト教史といった観点から(やや重箱の隅をつつくように)解説しています。
その辺が本書『謎とき』の価値だと思います。
前者の観点での解説なら、シェストフや小林秀雄(他にもたくさん、山ほど出てるんだろうと思います)に任せればokだろうと思いますし。
ただ、帯にあるように「ドストエフスキーを愉しむために最初に手にすべき1冊」ではないかもしれない、です。
謎の中身ですが、たとえば、
■タイトルの「罪」が、ロシア語で、「グレーフ(神のおきてにそむく行為)」ではなくて、「プレストゥプレーニエ(人間の定めたおきて(法律や社会的規範)を『踰える』行為)」であること
■ラスコーリニコフのイニシャルが、実はアンチクリスト、悪魔を暗示していること
■ラスコーリニコフとソーニャが、実はあのときにコトに及んでいたこと
などなど、(少なくとも私にとっては)目から鱗の落ちる発見が続出でした。
蛇足ですが、ソフィーとマグダラのマリアを重ね合わせているところや、いわゆる「異教」を登場人物に見出しているところなど、はやりの『ダ・ヴィンチ・コード』にも通じるところがありました。(『謎とき『罪と罰』』の初出は、1983〜1985年です)
まさか、ドスト氏が乗り移ったんですか?
と、思ってしまうほど鋭く、濃い、読者を唸らせる視点で、
江川氏は「罪と罰」を語っている。
いや、彼自身が楽しみ、思う存分味わっている。
さすがですな。
ドスト氏が好きな方、もっと魅力に浸りたいという方、一度
でも「罪と罰」を読んだことがある方、是非読んでください。
江川氏が、より深き世界へ誘ってくれるでしょう。
「罪と罰」は去年の私の読書生活の中では、大きな事件であった。いまさら、と言われるではあろうが、やはり名作は名作である、と再認識。ほとんど現代小説の傑作のように読み、今なお私を揺さぶりつづけている。その「罪と罰」を1冊丸ごと解説している本があるのだから、当然読まなくてはならない。しかも、私はたまたま岩波文庫で読んだのだが、その訳者の叙述だという。
退屈だった。何度読むのを投げてしまおうかと思った事か。そりゃ確かにそういう読み方も可能かもしれない。ドストエフスキーは念密に登場人物の名前や、セリフの言いまわしに二重三重の意味を持たせていたのかもしれない。しかし私にとって重要なのは、ラスコーリニコフは最後には罪の意識を持ったのか、彼はその気持ちをどのように変化させていったのか、ポルフィーリが仕掛けた罠と彼が掴んでいたという動かぬ証拠とはなになのか。スヴィドリガイロフは本当に妻を殺したのか。そういういわば、小説の筋に沿った分析なのだ。しかしその事に半分もこの訳者は答えようとしていない。唯一凄いなあと思ったのは、ラスコーリニコフとソーニャが実はあの時点で結ばれていた、という事の証明なのではあるが、それは最後のほうにやっと出てくる。この本は最後の一章か二章ぐらいが一番面白かった。
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